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大阪高等裁判所 昭和43年(う)1075号 判決 1969年1月27日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人北尻得五郎、同松本晶行連名作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第一点について

論旨は、原判決はその判示第三の二の報告義務違反の事実に道路交通法七二条一項後段一一九条一項一〇号を適用しているが、右規定は憲法三八条一項に違反するものであるというのである。よつて案ずるに、最高裁判所大法廷は昭和三七年五月二日判決(集一六巻五号四九五頁)において、旧道路交通取締法施行令六七条二項について、同条項にいう「事故の内容」とは、その発生した日時、場所、死傷者の数及び負傷の程度並びに物の損壊及びその程度等交通事故の態様に関する事項を指すものと解すべきであるとし、同条項中事故の内容の報告義務を定めた部分は、憲法三八条一項に違反しないとしており、所論の道路交通法七二条一項後段において定める報告事項の内容は、右判例が挙げる事項と同旨であるから、右判例の趣旨に照らすと、右条項が憲法三八条一項に違反するものとはいうことはできないのであつて、原判決がこの点について右判例の多数意見に準拠して前記罰条を適用したことはこれを是認すべきものと考える。論旨は理由がない。

控訴趣意第二点について

論旨は、原判決は、原判示第三において被告人に本件交通事故を起こし、被害者倉本重長を負傷させたことの認識があつたと認定しているが、被告人は当時酒に酔つていて明瞭な意識を有しなかつたため、交通事故を起したことの認識はもちろん、事故による人の死傷があつたことの未必的認識も有しなかつたものであるから、右認定はこの点において誤りであるというのである。よつて、所論にかんがみ原審記録ならびに当審における事実取調の結果を総合検討するに、被告人は本件交通事故については、原審公判廷において「酒に酔つていたので、なにか黒い物が目の横をかすめたなあと感じた程度であり、単車に当つたことは全然わからなかつた」と述べていること所論のとおりである。しかしながら、他方原判決挙示にかかる被告人の検察官に対する昭和四三年二月九日付供述調書によると、被告人は本件の事故の状況につき「なにか人の乗つた小さい乗物が右側に見えたと思うと同時に軽いシヨツクが私の車体の右側の前の方であつた、その乗物が単車か自転車かというような判断をする余裕はありませんが、四輪や三輪の自動車のような大きな物でなく、単車か自転車かスクーターかというような感じであった、相手と接触したシヨツクはありましたが、酔つていたせいもあつてそう感じたのかも知れないが、軽いシヨツクだつたので相手の車はこけた程度だろうと感じました、それで乗つていた人が怪我したとしてもたいしたことはあるまいと思つたので、車を止めもせず走つたのです」と述べ、そして原審第一回公判において検察官に対して述べていることは間違いない旨述べているのである。そこで検察官に対する供述調書の信憑性について検討してみるに、その供述自体衝突時における被告人の細部にわたる認識範囲やその程度等がかならずしも明らかであるとはいえないけれども、その供述調書の全体を仔細にみてみると、被告人が乗車するまでの状況はもちろん、事故現場に至るまでの経路、衝突直前における運転の状況、ことにギアーの操作等についてかなりくわしく供述するところであり、しかもその操作を終つて顔を上げると同時に人の乗つている単車らしい乗物を発見し、同時に車体右前方に衝突のシヨツクを感じ、かつ、相手の車が倒れた程度だろうとまで感じ取つたというにあるところ、これらの供述事実は本件の各関係証拠に照らし検討してみても、なんら不審を抱かせるような点が見出し得ない。すなわち、原判示関係証拠、ことに倉本均、倉本重長らの各司法警察員に対する供述調書、司法警察員作成の昭和四三年一月三一日付実況見分調書(現場)、司法巡査作成の交通事故関係車両の写真撮影についてと題する報告書二通、司法巡査作成の昭和四三年二月一日付実況見分調書(自動車)および当審証人倉本均、同倉本重長らの各供述を総合考察すると、本件の事故現場は比較的暗い路上ではあつたが、被害者倉本均が軽二輪自動車の後部荷台に実兄倉本重長を乗車させ、事故現場付近路上に北進してきたところ、進路前方約一〇メートル付近に蛇行しながら南進してくる被告人運転の軽四輪貨物自動車を発見し、危険を感じ道路左側端付近に寄りほとんど停車する状態で退避していたところへ、その前方から右被告人運転の自動車の車体前方右側が、右倉本ら乗車の二輪車車体右側に接触しながら衝突し、後部荷台に乗車していた倉本重長の右大腿部付近につきあたり、同人を後方路上に転倒させ、被告人の自動車はそのまま進行したものであること、被告人が乗車していた軽四輪自動車は、右前バツクミラーが前方からの衝撃により凹損してそのガラスが破損し、また、フエンダー右前側面部地上〇、六二メートルの箇所が巾〇、〇二五メートル×〇、〇六メートル平方にわたりはぎとられ、同時にフエンダー右先端部地上〇、七メートルの箇所も〇、〇七メートル×〇、〇三メートル平方凹損し、なお、ボンネツト右前先端部地上〇、七四メートル右端より〇、三二メートルの箇所に〇、〇五メートル×〇、〇二五メートル平方の凹損があり、他方被害者乗車の軽自動車においても、右ステツプが曲損し、マフラーに凹損の損傷があつて、これらの損傷はいずれも右事故により生じたものと窺えるから前示衝突時にはかなりの衝撃のあつたことが否定できないこと等の事実が認められ、被告人の前記検察官に対する供述調書の供述記載は本件事故の客観的な状況とも合致しているのである。そうすると、前示被告人の検察官に対する衝突時の供述は、衝突時のシヨツクが大きくなかつたとか、被告人は衝突後も速度を早めることなく進行していたという前示倉本ら両証人の供述や、所論の被告人の原審公判廷ならびに警察における供述等に照らし検討してみても、信憑力に欠けるところはなく措信するに充分である。そして、右供述事実によると、被告人は少なくとも人の乗車する単車らしいものに衝突し、その結果人が怪我をしたとしても大したことはあるまいということまで認識しているのであるから、それ以上に人の死傷等の状況についてまで具体的確定的に認識するところがないからといつて、直ちに物の損壊人の死傷の発生について、いわゆる未必的認識がなかつたと解するのは合理的でない。してみると、原判決が右認識程度をもつて判示の負傷につき未必的認識があつたと認定したことに所論のような誤りはない。論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する)

以上説示のとおり論旨はいずれも理由がないから本件控訴を棄却することとし、刑事訴訟法三九六条、一八一条一項本文により主文のとおり判決する。

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